初心者のためのせどり攻略ブログ

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自己紹介~せどりの実績~

はかせどり
初めまして!

このブログの管理人のはかせどりと申します。私は現在29歳。

以前は会社員として勤めていましたが2020年9月に仕事を退職し、個人事業主として働いています。現在は、新品本専門のせどらーです。

プロフィール

自己紹介ですので、生まれてから現在までの生い立ちを簡単に紹介させていただきます。

せどりの実績

現状は、キャッシュポイントの90%がせどりになります。

  • せどり
  • MNP
  • 自己アフィリ
  • 友人からもらう自然のバイト(趣味も兼ねて)

 

はかせどり
キャッシュポイントが多ければ、安心にも繋がるね。

2020年2月 純利益は793,561円

2020年3月 純利益は749,346円

2020年4月 純利益は1024,604円

2020年5月 純利益は1000,717円

2020年4月に、念願の月収7桁を突破しました。今は、外注さんを2人雇って作業を分担しています。一人はリサーチ担当、もう一人は販売担当です。

はかせどり
初めて100万を突破した時は、単純に嬉しかったです!

 

得意なせどりのジャンル

私は新品本専門のせどらーです。比率で言うと、売上の80%ぐらいは新品本です。もちろん店舗せどりも行いますが、得意ジャンルは新品本です。

新品本せどりのココがおすすめ

  • お店で前頭をする必要がない
  • 人目を気にしなくても良い
  • 商品の回収・発送以外は全て自宅で完結
  • ライバルが少ない

基本的な考え方は、自宅でリサーチ+取り置き→本屋では回収をするだけです。取り置き数が多いとレジで行列を作る原因になってしまいますが、お店をウロウロする訳ではないので、せどりには興味があるけど、人目が気になってしまうと言う方には非常におすすめのジャンルです。

せどりくん
転売屋だって白い目で見られなくすむのはデカいね。

そうそう、スマートにせどりができるのも新品本せどりのメリットだね。
はかせどり

これまでの人生の歩み(職業歴)

20歳~24歳 

  • 神奈川県→北海道の僻地に移り住む
  • 地域おこし協力隊として働く
  • NPO法人に所属し自然ガイドとして充実した毎日を送る

24歳~28歳 

  • 北海道→神奈川に戻る
  • 自動車教習指導員として働く
  • 2016年から副業でAmazonせどりを始める

28歳~ 

  • 2020年9月に脱サラ
  • 9月〜12月は1銭も稼げず苦しい日々を過ごす
  • 12月〜せどりを再始動
  • 2021年4月 月利100万円突破

 

はかせどりの性格

  • 温厚
  • 好奇心旺盛
  • よく笑う
  • 自分が話すよりも聞く方が得意
  • 嘘が付けない
  • ド真面目で正義感が強い
  • 頭が固い
  • すぐ物を無くす
  • 興味のあるものには飛びつきます
  • 興味の無い物には関心を寄せません(笑)
  • 子どもみたいな人だねと言われます
  • 変わってるねと言われます
  • 基本的に平和を好みます

会社に勤めていたころはいかに会社内の雰囲気を良くするかを考えつつ、色んな年代の方と積極的にコミュニケーションをとるように心がけていました。

兄弟が多い家の中で賑やかに育ったので男女問わず年齢も関係なく、平等に仲良くなれるのが私の強みかなと感じています。

はかせどりの好き・嫌い

あまり表には出しませんが、内面は割とはっきりしています。好きな事には熱中します。基本的にどんな人とでも仲良くなれます。特に、素直で自分をしっかりと持っている人を好む傾向にあります。反対に人の悪口ばかり言う人や、攻撃的な人は苦手です。

苦手な人と無理に付き合って疲弊するのが嫌なので、相手に気づかれないようにそっと距離を置きます。

好きな事 嫌いな事

身体を動かすこと

代り映えのない毎日

非日常な体験

無駄な会議

旨いものを食べる

無益な争い

彼女と過ごす時間

満員電車に乗る事

規則正しい生活

ルールに縛られる事

お金を稼ぐこと

うわべの付き合い

旅行に行くこと

ゴミのポイ捨て

好きな人・嫌いな人

好きな人 嫌いな人

優しい

不平不満ばかり言う

よく笑う

他人の批判をする

自分を持っている

有限不実行

一途

本心を言わない

相手を否定しない

攻撃的

怒らない

自信過剰

感情に左右されない

傾聴ができない

寡黙

感情をコントロールできない

多趣味

自分を変えようとしない

 

はかせどりの趣味

一つのものにどっぷりと浸かるタイプではなく、興味のあるものにはとりあえず手を出してしまえ!というオールラウンダータイプです自然体験活動が好きで、登山・バードウォッチング・バックカントリースキー・沢登り・キャンプなど、とにかく自然と戯れる事が大好きです。

体を動かすこと×自然が好きなので登山やバードウォッチング、スポーツ全般(特にテニス・バドミントンなどのラケットを使った球技が好き)、映画鑑賞や読書などインドア・アウトドアどちらもいけます。

映画は歴史物(特に戦争)に興味があり、人類が過去に引き起こした負の歴史(戦争・虐殺など)を学び、人間について考える事が好きだったりもします。

生い立ち

幼少期

好奇心旺盛でちょこまかしていたそうです。親の目を盗んでスーパーで1人冒険の旅に出掛けては迷子になり、いつもアナウンスで放送されていたよと親に聞かされています(笑)

中学生時代

中学時代は、ビジネスとは無縁で所属していた部活動(バレーボール)に専念する3年間でした。当時の身長は150cm程度しかなく、華やかなアタッカーにはなれず、リベロという形で試合に出ていました。

緊張すると全く本来の力を出せないタイプの人間で、市大会3位をずっと守り続けてはいたものの、最後の大会は2回戦負け。試合に負けた後号泣しました。

中学生の頃の自分はあまり自分に自信がありませんでした。好きな子がいても告白なんてできず、どうすればクラスのいけてるグループの一員になれるか、そんな事を考えて過ごしていました。

高校生時代

友達に誘われてなんとなく入学した高校時代。当時は"自分の意思"があまりなく、ただなんとなく、流れに身を任せるまま生きていました友達とも上手くやっていましたが、愛想笑いのし過ぎで頬が痛くなる事もありました。

とにかくバイトは頑張りました。高校生ともなれば十分自我が芽生え始める時期。僕は、とにかくお金を貯めて、自分で稼いだお金でやりくりがしたかった。5人兄弟という事もあり、親に負担をかけたくないという気持ちも持っていました。

バイトは基本週5日びっちり入りました平日は学校が終わった後の17:00~21:00、休日は12:00~21:00までひたすら働きました。当時の時給は650円ありえないぐらい安かった。青森という田舎に住んでいたこともあり、ほぼ最低賃金でせっせと働いていました。

バイトは2年ほど続け、ある程度たまったお金で、好きなバンドのCDアルバムを購入したり、ライブにいったりしました。

副業に出会ったのは高校2年生の冬

高校2年生の冬、私の人生の転機はここで訪れます!(ちょいとおおげさですが。笑)

当時好きだったロックバンドはバンプオブチキン。そのバンプが、なんとライブで青森に来るという情報を仕入れました。

これはどうしても行きたいという事で、早速チケットを取るべく奔走しますが、あえなく取れず・・。

当時の僕にとって、バンプは"神"同然でしたので、どうしても諦めきれませんでした。むしろ、どうにかしてでも取ってやろうと燃える気持ちの方が強かったのを覚えています。

そこで出会ったのがヤフーオークション。以前から何度か取引はしていましたが、初めて自分でアカウントを作って、取引をしました。

実際の値段の3倍以上で売られているチケットを見て驚愕しましたが、それと同時に副業に興味を持ち始めたきっかけにもなりました。(そのチケットはバイトで貯めたなけなしの資金をはたいて購入しました)

ここで感覚的に
供給<需要の流れを知りました。

供給が少ない商品を高く売るためにはどうすればいいのかを自分なりに考え初回限定盤CDを素早く仕入れて、在庫がなくなった時期に高額で売ったり、チケットの転売をしたり(数回程度ですが・・)と規模の小さなビジネスを行ってバイト代の他に月1~2万円程は稼いでいました

そんな高校生活も終わりを迎えます。卒業してからの進路はどうしようか迷っていました。本当はやりたい事がありました。

自然が好きだったので、環境保全に携わることのできる職種に就きたかった。そのためには、専門学校に進学する必要がある、という事も知っていました。しかし、家の状況を考えた時に、高い費用が掛かる進学という選択はしたくとも言えなかった。

進学か就職かを迷っている僕にお父さんが"あんたは家の事は考えずに、自分がやりたいことをやりなさい"頼もしい言葉をかけてくれました。この言葉を胸に、僕は東京に上京し、新しい人生を、自分の意思で歩みだすこととなりました。

専門学生時代

他人に流されて生きている自分を変えたくて、自分が調べてここに入る!と決めた"東京環境工科専門学校"に入学しました。僕と同じように、高卒で専門学校に入学してくる人は少なく、"社会人を経験した上で入学した"という年上の方が多かったのも印象的でした。

専門学校は授業内容が面白く、特に3週間に渡って行う実習が凄く勉強になりました。1年生の実習は長野県黒姫の実習地、2年生の実習は山梨県増穂実習地にてみっちり野外活動の基礎を勉強しました

  • 火起こし体験~(アウトドアクッキング)
  • フィールドワーク(植物の同定など)
  • インタープリテーション実習(自然ガイド実習)
  • 野生生物調査実習

初めての海外一人旅を満喫

専門学校1年の終わりにはバックパッカー1人旅を実施。はじめて海外(タイ)にいきました。語学レベルは中学生以下の僕でしたが、もちまえの"なんとかなるや精神"とジェスチャー、地球の歩き方を武器に、3週間の海外一人旅を満喫しました。

印象に残っているのは旅で出会った22歳大学生の男の子と一緒にいったパッポン通りのバーでの出来事。うろ覚えではありますが、確かその男の子"海外に来たんだからパッポン通りに行くしかないっしょ!"(夜遊びで有名なスポット)みたいなノリになり、怪しげなバーに入り、2Fで飲んでいました。

清算時に金額を聞くとバカみたいに高い・・・。これはおかしい!と怒って帰ろうとしたら店の受付のお姉さんがやけにしつこく引き留めてきたのです。

やはり怪しいぞ!と急いで逃げようとすると階段をカツカツと登ってくるのは、プロレスラーぐらい恰幅の良い男3人組。これはまずいと超ダッシュをして逃げ切り、難を逃れたのでした。

そんなこんなで19~20歳は今まで経験してきたことのないたくさんの経験をする事で、日々の生活が楽しい!と心から思えるようになりました。何より、上京したおかげで、このあたりからようやく自分らしさが生まれ始めました。

遅ればせながら"自分は何をして生きていきたいのか"、"将来の夢"など、自分の将来を漠然とながらも考えるようになったわけです。具体的には、自分自身も自然豊かな環境に暮らしつつ、インタープリターとして自然ガイドをしたり、子どもたちに自然に興味を持ってもらうための環境教育をして、生きていこう!いや、いくんだ!と心に誓いました。

副業とは疎遠になる

さて肝心の副業はというと、毎日が充実していた+毎月の奨学金(50000円)+アルバイトをしていたという事もあり、全くしていませんでした。専門学校は渋谷にあったので、通学路の途中にある東京の下北沢駅近くにある居酒屋でアルバイトをしていました。その時の時給は確か1200円程でした。

地域によって、こんなにも時給が違うのかと衝撃を受けると同時に、1時間働くだけでも高校時代の収入の約2倍のお金が手に入りましたし、学生生活を満喫していたので副業をしようという気持ちにすらならなかった2年間でした

地域おこし協力隊として北海道の町役場へ赴任

専門学校を卒業した僕は、北海道に移住し、「地域おこし協力隊」の一員として働く事になります。

地域おこし協力隊とは人口減少や高齢化が著しい地方において、地域外の人材を積極的に受け入れ、業務として"地域協力活動"を行う制度です。地方自治体から、委嘱状等の交付により「地域おこし協力隊」としての委嘱を受けます。赴任した中頓別町は、北海道のほぼてっぺんに位置する小さな小さな村です。広大な敷地にも関わらず、人口は3000人程度。冬はとにかく寒かった。(冬は-30℃ぐらいまでしばれます)日本にこんな所があるのか・・。と衝撃を受けました。

暖かい町民に、大好きな自然にまみれての暮らしでしたが、業務内容がとにかくゆるかったので1年足らずでの転職活動を開始しました

NPO職員時代

地域おこし協力隊は1年限りで退職し、今度は道内にあるネイチャーセンターで働き始めました。

年間25000人程の人が来るネイチャーセンターでは、毎日仕事に忙殺される忙しさでしたが、ようやく"やりたい事ができている!"という充実感がたっぷりで、日々の忙しさなど全く気になりませんでした。何よりも、本当に楽しかった!

宿泊学習や主催プログラムで来てくれた子ども達の楽しくはしゃぐ弾ける笑顔、新しいことを興味津々に聞く真剣なまなざしは本当に素敵でした。

お手製でイカダを作って川遊びを思いっきり楽しんだり、急斜面なのにそりの上に立って、そり立ち乗りをやってみたりと、子ども達の想像力は無限大だなと、感心することばかりでした。

また、自分よりも年齢が上で、かつ凄いスキルを持ったボランティアスタッフの方々からは毎日学ぶことがたくさんで、この職場での3年間は僕の価値観に大きな影響を与えました。

自動車教習所職員時代

つい最近まで、神奈川県内にある某自動車学校で教習指導員として4年6カ月間車の運転の指導をしていました。前職が割と自由奔放なNPO法人の職員だったので、最初はギャップにめちゃくちゃ苦しみました。

交通ルールを1から学びなおし、教習所ではひたすら運転の練習(法規走行)。努力の甲斐あって晴れて"教習指導員"の資格を取得してからは、教習生に車の運転マナーを時に優しく・時に厳しく指導しました。最初は色々な事を覚えるのに必死で、充実した毎日を過ごせていましたが、仕事にある程度慣れてきた頃から、ある問題に直面します。

はかせどり
仕事、全然楽しくないじゃん...。

思い描いていた未来と現在の自分とのギャップに無性にむしゃくしゃする様になりました。周りの目を気にしながら生きていた過去の自分であれば、稼げてはいるから"こんな人生も悪くないか。"と自分を納得させる事ができたのかも知れません。

しかし、僕は様々な経験をしていく中で"個性の塊"と変貌していたのです。このまま車に乗り続けて終わる人生は絶対に嫌だと強く思うようになっていきました。こんな人生なんてまっぴらごめんだ。僕はもっとできる。必ず結果を出してやる!僕の中でふつふつと闘志が湧き上がってきたのです。

ここでようやく副業熱が再燃します。

当時の年収はおよそ450万円程で、普通の暮らしをする分には不自由はありませんでした。しかし、眠っていた副業熱が再燃しました。

独学での副業実践記録

①店舗せどりを自己流で行ってみた(2016年)

物販における知識はほぼありませんでした。しかし、”安く買って高く売れば簡単に稼げる”だろという根拠のない自信がありました。

休日にショッピングモールに出向き、売れる商品を探しつつ購入→メルカリorヤフオクで販売するという流れでコツコツ作業をしました。

手始めにアウトドアブランドのフリースパーカーを3点程購入し1点当たり2000円程の利益を手にした僕は、勢いに乗って数日後に30%オフで安くなっていたお値打ちのアウトドアウェアを発見し数点購入しました。

前回の体験で味を占めていたので、意気揚々と商品ページを作成し出品しましたが、全く売れないという問題に直面しました。売れたら数千円の利益となると踏んで購入した商品が全く売れませんでした。

これがまさに供給>需要

そもそも商品が売れないからその影響で市場価格が下がっている状態なのか。と絶望したのを覚えています。(余談ですが、その時に売れった商品は今も自分で着用しています)その後も引き続き努力はしましたが、労力の割には全く稼げず”需要のある商品を選定する重要さ”を学びました。

②AmazonFBAで実績を出すが心を病む(2016-2017年)

店舗せどりは効率が悪いという理由から自宅で稼げる方法を探しました。

どんどん調べていくとAmazonと出品者契約を交わせば、自分が仕入れた商品がAmazon上で販売できるという夢の様な仕組みがあるという事を知り、すぐにAmazonFBAのセラー(出品者)となることを決めました。

一番最初仕入れた商品は象印の炊飯器とココット・ロンドのル・クルーゼというホーロー鍋です。こちらの商品は売れませんでした。"またもや売れない在庫が増えてしまうのか"と絶望していた矢先にAmazonから連絡が・・。

フルフィルメントセンターで商品が破損してしまったため、Amazonが返金対応をしてくれるという旨のメールでした。思わぬ形で利益を手にする事ができた僕は、この教訓を生かし、確実に売れていく商品を販売する事を心に誓いました。

③ヤフオクで1ヵ月で純利益11万円(2017~2019年)

Amazonと並行に出品作業を続けている時にヤフオクでの販売の方が、利益率が良いという事に気づきました。(個人的主観)

ヤフオクでは中国のショッピングモールサイトから売れそうな商品を購入し、ヤフオク・メルカリで販売しました。腕時計・壁掛け時計・インダストリアルランプ・カメラ用機器・バックパックなど様々な商品を取り扱いました。

仕入れ値が2000円にもかかわらず15000円(驚きの13000円の利益)で売れる商品があったりと、かなりウハウハしながら作業を続けていたのを覚えています。

Amazonに出品していた商品はほぼ全て販売しきったので、作業効率の割に合わない副業のスタイルを一新すべく、少ない労力で楽に稼ぐを意識したヤフオクではランサーズで知り合った方に商品の梱包及び出品作業を外注する事に成功しました。

仕事をしつつ、少ない労力で純利益10万円以上を達成しました。このように、フルタイムで働きながらも稼ぐことは誰にだって可能です。売れる商品を見つけ出し、効率よく販売するコツさえ掴んでしまえば仕事の片手間にさくっと稼ぐ事は意外と簡単にできちゃいます。

以上が僕の生い立ちと副業の実績になります。

世の中には僕よりも効率よく多くの稼ぎを出している方々は星の数程もいるとは思いますが、上手くいかないながらもいろんな事に手を出してきた自分からこそ、あなたに寄り添った的確なアドバイスができるとも思っています。ちなみに今は”簡単に賢く稼ぐ”をモットーに副業を続けています。

ビジネスについての考え方

僕には大した実績もスキルもありませんが、勢いで会社を辞めました。

はたから見れば無謀に思われるかもしれませんが、何が僕を突き動かすのかを考えた時に、それは"危機感"である。という事に気づきました。

国民が負担しなければならない税金は徐々に上がっていますし、超高齢化社会に突入した先行きが不透明なこの時代、個人的には会社への終身雇用で一生涯安泰に暮らしていける時代は終わりを迎えたと思っています。

そんな中、会社におんぶに抱っこの生活では、将来もし仕事が無くなってしまった時に途方に暮れてしまうと考え、若い今のうちに挑戦しよう!という事でフリーランスに転身しました。

 

最後に

長々と僕の経歴を見て頂きまして、本当にありがとうございました。僕がどのような人間かは、なんとなく理解していただけたかな、と思っています。

当ブログでは、個人がPC1台で簡単に稼げる方法を紹介させていただいています。僕と同じような気持ちの方への救いとなれれば本望です。

僕もフリーランス駆け出しなので、まだまだ分からない事もたくさんあります。色んな事を貪欲に吸収し続け、あなたにより多くの価値提供ができればなと感じています。

 

共に、頑張りましょう!

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